2025年11月によく聞いた曲
冬がきた。焚き火の季節だ。
週一で海に行き、流木を燃やし、帰宅する。それだけ。
前回が2年以上前だが、最近聞いている曲のメモ。
- Mongo Santamaría - Monfo Introduces la lupe(1963): とてもよい
- Labi Sniffre - The Singer and the song(1971): 土曜の朝って感じ
- Gil Scott-Hewon - Pieces of a man(1971)
- Funk Inc. - Funk Inc.(1971): 仕事でノっているとき
- Stevie Wonder - Innervisions(1973): 仕事でノっているとき
- ゆらゆら帝国- 空洞です(2007): 散歩中
- Nils Frahm - Felt(2011)とScrews(2012): 仕事中にずっと流している。
- Nate Smith - Pocket Change 2(2024): あたまを空にしたいとき
- Daniel Caesar - Son of Spergy(2025) : いまの気分にちょうどよい
- Seahawks - Time egnough for love(2024): 作業音楽
- Rusowsky - Daisy(2025): NPR Tiny Deskで知ったアーティスト。楽しい。
- bbno$ - bbno$(2025): 仕事が終わったら流す切り替えの曲
- Young Gun Silver Fox - Pleasure(2025): すごくいい。
ハマらなかったアルバム
- Armin Van Buuren - Piano(2025): 完成度が低い。
ダナン・ホイアン
サイゴン駅から寝台列車に乗り込み17時間。ダナンに来た。
列車で客室を分け合った中年夫婦は仲睦まじく、窓の外になにかあれば指さしながら話し、食事の時間には夫が妻の口まで食べ物を運ぶ場面もあった。ケアを体現していた。
消灯後、同室の皆の寝息を聴きながら枕元のライトを頼りにラヒリのUnaccustomed Earthを読んでいた。今年になるまでほとんど小説を読んでこなかった自分だが、ラヒリの作品には異国で暮らす二世を描く作品が多くあり、感情移入してしまう。
彼女の代表作のひとつ「namesake」の中に、数百人が亡くなったインドの長距離列車の脱線事故に遭う場面がある。この人物は幸運にも一冊の本のおかげで命が助かり、その本の著者の名にちなんだ名前を息子につける。本を読む顔を上げ、いま自分が事故に遭い、また幸運すぎた場合は子どもにラヒリという名前をつけるのだろうか、とか考えていた。
ダナンは暑い。
雰囲気はハワイや沖縄、プーケットよりも、台東に近いと思った。
スパでマッサージを受けた。うつぶせで施術されながらでもしこのセラピストがマッチョだったらとか、ゴールデンレトリーバーだったらとか、考えていた。
よく犬や猫を撫で続けたあと、突然撫でるのを止めるともっとやれ、と催促されることがある。また馬や牛が柱にくくりつけた剛毛なブラシに体をこすりつけて気持ちよくなっている動画がよくバズる。キツネやライオンはよく伸びをする。ケアの際には、ゴリラや猿たちは互いに毛づくろいをする。
もしかしたらうつぶせの自分の背中に猫が載ってきていい感じに自分をふみふみしてくれることはあるかもしれないが、多分ツボを押してくれることはないだろう。それに比べて私たちは筋肉をほぐしたり、関節を鳴らしたり、腱を伸ばしたり、オイルを塗ったり柑橘を顔に乗せたり、すごいものである。
今年知った一番のニュースは、ADHDの人の特徴として「過剰な触覚や、想像上の映像・音の認知」があること。
わたしの頭の中ではだいたい常に音楽が流れているし、何か常に映像がある。人と話しているときでも頭のどこかに、サケを獲ろうとしている子グマたちや風に揺れる稲穂、CDジャケット、ライブ映像、過去に誰かを傷つけた場面、ランダムな星空が浮かんでいる。また人と触れ合うことが苦手である。手を握ったときの手汗というか、温度というかが苦手。あるいは紙が肌とすれる感覚や、表面が粗い木を触ること、衣服が自分の肌と擦れること、濡れた生地を触ることが苦手。
別に困っていないつもりだったが、これはADHDの特徴なのかと知ってからなんかラクになった。名前をつけてもらえるとラクになるという発見でもあった。
ホーチミン 2024年10月
久しぶりにベトナムに来ている。
ここに来てから知り合ったおばさまと意気投合し、その場で連絡先を交換し、後日家に招かれ、流れでそのお宅に3泊することになった。
そこは敷地が1000m2くらいあり、ジムとか25mプールとかもある豪邸で、毎朝搾りたてのジュースや焼きたてのバンミー、淹れたてのコーヒー、フルーツ盛りなんかが出てくる場所。楽園。自分の運の良さ。
このライフスタイル(でかい家、感じのいい使用人たち、いい食事)は、前にお宅に招いてもらったインドのお金持ちのそれと似ている。
また細かいところでも「部屋を出るときは電気と冷房を消してね」とか「寝る前に階段の電気を消してね」といった無駄を嫌う性質も似ている。わたしのようなよくわかんない客人はもてなしてくれるのに。
あと宗教に熱心。自分が今の地位にいるのは前世でいいことをしたから、と信じている。考える時間がありすぎると、あまりに俗世とかけ離れていると、これをどう正当化できようかと向き合うことになり宗教にいきつくのかもしれない。
ホーチミン、原宿よりもカフェがある。どのカフェでも写真を撮ってる若者たちがいて、みんな着飾っていい感じである。コーヒー、一杯は大体60千ドンから100千ドンくらい(300円から600円くらい)。90千ドンを超えると高級とみなされる雰囲気。ベトナムの大卒新卒の初任給が7000千ドン(5万円とか)なので、毎日来られらるわけじゃない。収入とコーヒーの価格でいうと、感覚的には台湾の若者たちと近い感じか。
街の美容院の数はそこまで多いわけじゃない。ネイルサロンはいっぱいある。美容支出はどんなもんだろうか。
ここは平均年齢33歳の国。病院はあるけど、クリニックは少なく、薬局が多い。医療制度が気になるが、キューバみたいな感じではなさそうで、中国みたいな感じか。
贈答文化は強そう。でも中華圏のような現金のやりとりはないかも。
いのちの値段が安い。売春、薬物、交通ルール、交通インフラ、が人命を最重要視する姿勢ではない。人件費が安すぎる。運が悪かったら死ぬ。死んだらめっちゃ悲しい。でもしょうがない。という雰囲気がある。肺がんリスクがちょう高そうだけど、大気汚染を規制するモチベーションより、ゆるい規制で外資を招いたりその工程を抜いてコストを下げたりするインセンティブが強そう。ていうか賄賂文化もまだあるし。
本屋にはベトナム語の本の数が多いかも。話者数に対して、母語での出版物が多い気がする。街で本を読んでる人はあまり見ない。朝6時の路上カフェで新聞を読む男性はめっちゃいる。本はみんな家で読むのかな。
カフェで勉強してる高校生たちの身なりはいい。たぶん世帯収入と最終学歴がちょう連関してる。でも極貧から博士修了みたいな成り上がりストーリーもめっちゃありそう。夢がある。前向き。
教育熱。アジアの国の割には熱心じゃない感じがする。タイではどんなに田舎でも街の食堂で勉強している子どもたちがいたけど、ここではまだ見ない。
国内の学術機関の研究レベルが低いから、お金持ちは子供たちを留学に行かせたい。アメリカが第一の選択肢だけど、アメリカフォビアも一定数いる(フランスや日本フォビアの話はまだ聞いていない)のでその場合はフランス、イギリスが候補になるのかも。
ベトナムの未来。
韓国人が日本人の10倍住んでいる国(韓国20万人、日本人2万人)。繊維産業は多いけど、安すぎる。石油も中国に取られそうなのと採掘コストを下げきれていない。港湾は一通り揃ってる。科学イノベーションは起こりにくそう。美容/医療ツーリズムはなんかありそうだけど。オフショア開発で技術者を増やしたらIT産業でなんか起こるかも。
英語か中国語を話す技術者の集団、はありえそう。ネットも早い。
ツイッターで書いてたようなこと
昔付き合ってた誰かの匂いが自分の服からしている。懐かしいんだけど、誰だこれ。
貪るようにインプット
最近、とにかくコンテンツに触れている。
3日間で仕事に関係のある本を30冊くらい買って全部読んでまとめてた。
仕事に関係のない本は2週間で10冊くらい。台灣のデモクラシー、よかった。青と緑(と赤)の微妙な空気感、かなり納得感あった。世界の岐路をよみとく基礎概念、中溝先生の解説が非常にわかりやすかった。それと比べて岩波講座の世界歴史24はふわっとしてた。全体を薄く舐める感じ。言語化はできない。ウ・タントの孫が書いたビルマ危機の本質、熱量というかライブっぽさが好き。クレア・ビショップのdisordered attentionはまだ途中だけどいまのところ面白い。横浜トリエンナーレがなんで映像ばっかなんだって不満に思ってたけどちょっとわかるかも。アクティビズムを飲み込む企業価値創造を読んで、専門技術としてのMBAの価値がわかった。
先週はフィクションにたくさん触れた一週間だった。
映画はルックバック, aftersun, martian, を観た。ルックバック、すげー良かった。なんで描くのか?は、自分には関係ない問いだけどなんのために生きるのか、に置き換えるとずしんとくる。aftersunもよかった。描かれていないけどなにが起こるかみんなわかっているというのは関心領域のときに抱いた感想に近い。父の無責任さについてはいまも考えている。子役の年齢は無垢さな子供と女性としての一歩目の間にいる設定で、その子になにを背負わせてんねん、みたいなを思った。だから子供を作って離婚して死ぬ前に子供の思い出に存在することを理解して旅行する、という行動すべてが無責任とも思うけど、そう考えることは親であることに過度の責任や完璧さを求めている気もする。martianは途中で止めた。
スラムダンクの映画をまだ観ていないから8月の再上映が楽しみ。
漫画は水は海に向かって流れる, fact, 日本三国を読んだ。
水は海に向かって流れるとfactはダウ90000の蓮見がオススメしてたから読んだ。前者は水っぽい質感の、映画が好きな人が作っているんだろうなって感じがした。後者は陰謀論にはまった人の思考方法はくっきりしていたけど、そこに至るまでのプロセスやネットの扱いがふわっとしていてそうかなーって感じだった。日本三国は畿内の男子校のノリが終始きつい。兵法の引用の場面でこれってそういうことだっけみたいなことを思ったり、あるいはセリフ回し、人名、蝦夷の扱いなど、にひっかかるところがたくさんあって思考が飛ぶことが多かった。でも面白いから最後まで読んでしまう。
いまの自分は、わざと脳に負担をかけようとしているような、ちょっと躁状態である。
同居人たち
色々あって3人の20代女性たちと私で暮らしている。特に困っていることはないし、サプライズもないけれど、ひとつだけ。トイレットペーパーの消費量がすさまじい。
にぎやかでよろしい。