淵野辺から世界へ!

20代。140字以上。

自分のための言葉

祖母がまた、食べることと飲むことを止めたと聞き文字通り飛んでいった。
前から痴呆は随分進んでいたし、言葉もほとんど発せなくなっていた。既にお別れは済ませていたし、覚悟もできていた。つもりだった。

 

会いに行っても意識があるかわからない、とは言われていたが、いても立ってもいられなかった。自分が何を期待して向かっているのかわからなかった。

それでもとにかく会いに行った。


よく片付いた部屋には、私の大学の卒業式のときのツーショットが貼ってあった。

 

ベッドで眠る彼女の手を握ってみた。
ドラマのような「手を握りながら祈る」みたいなことはないし、話しかけもしなかった。ただ彼女の指を撫でながら、自分の感情と思考と向き合っていた。私は彼女のことを何も知らないなとか、私の年齢のときの彼女は何に向き合っていたんだろうとか、私のことをどう思っていたんだろうとか、ぐるぐるしてた。

 

何十分かそうしていると、手を握り返された。彼女は目を開き、ぼーっとした感じで私の顔を見た。
ばあちゃん久しぶりと声をかけると、目をがばっと見開き、私の目を見つめ、お久しぶり、と言った。

 

自分から自然と「あなたが居たから、わたしが居ます。有難う。」という言葉が出てきた。
ずっと言いたかった準備してきた言葉じゃなかったけど、自然にそういうことを言った。本心だった。

 

聞こえるかどうかわからない相手、わかるかどうかわからない相手に向けた言葉に、自己満足以上の意味があるかわからない。老いて死にゆく人の気持ちなんてまったくわからない。自分が他人にそういうこと言われたら、お、おうとしか言えないと思う。

 

彼女はただ手を握り返し、目をまたがばっと開け、言葉のようなもの発した。
彼女がなにを感じていたのかわからなかった。自分自身もただやりたいことをして、言いたいことを言っただけだった。それでもいい別れができたのはないかと納得している。

 

この一連の様子は数年前に見た、チンパンジーの動画と同じだった。

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昨日、祖母が薨った。老衰だった。