淵野辺から世界へ!

気づいたら山形に

献血

池江選手のニュースについて誰かが「いま私たちにできるのは、献血である」みたいなことを仰っていた。

 

私は昔、マラリアにかかってしまったため、献血ができない。これまではそれをネタというか、武勇伝のように話していたけど、今はなんとなくバツが悪い。

 

やりたい気持ちはあるけど、自分にはできない。

これまでの人生を健常者男性ヘテロ日本人として、要はこの国のマジョリティ、差別されない者として生きてきた自分にとって初めての「みんなが出来ること、した方がいいこと。だけど自分はできないこと」かもしれない。

 

年相応

20代も終わりに差し掛かると、みんなそれぞれ悩むよう。

結婚、転職、趣味がない、不倫、パパ活、出産、昇進、中間管理職、リーダーシップ、留学、アカデミアに戻る、引退。

 

こういう話を聞いたときに僕がよく言うのは「今の我々ならではの悩みだよね。これが40代だったらまずいし、失うものがない今ならではだよね。子育て始まったらそんな悩み持てなさそうだよね。」みたいな話。

別になにも解決しないけど、そっか年相応か、みんな普遍的に悩んでるのか、って思うとちょっとだけ気が楽になる。

 

さて、みんなの悩みはそんな感じなのに、自分はというと全然違うことに頭を使っていて、私生活に希望(も絶望)もない状態。凪である。これ、いまは好きなことに没頭しているだけだから良いけど、将来ちょっと後悔するかもとも思う。それは自分が、制服デートや深夜のドライブ、修学旅行、みたいな「その年齢でしかできないこと、その年齢だからこそ楽しいこと」に価値を感じているからだと思う。一生は長いけど、野球部の勝利を心から願うチア部の感性は50代では持てないと思うから、20代だからこその悩みや心の動きをしっかり味わいたい。

 

拝とダイヤモンド

インドのタミルナド州のMaduraiにきている。

この街にはインドでも有数の大きさのヒンドゥー教の寺院があり、街はこれを中心に発展しているよう。


寺院の近くには、宝飾店が集まっている。

ふと、以前訪れたイラン有数のモスクがあるMashhadも、街中に宝飾店があったことを思い出した。


このストリートは宝飾店が、こっちはフルーツショップ、花屋、本屋、文房具、キッチンウェア、など、多くの国の都市部では、専門店が集まって商いをしているのは気づいていた。

ただ、大規模宗教施設の周囲に宝飾店街があるのに、気をつけたことはなかった。


街の成り立ちに想いを馳せてみると、多分まず宗教施設があり、そこには権威(=だいたい、お金持ち)がいた。

お金持ちの友達はお金持ちだから、宗教施設にはお金持ちが(も)集まる。お金持ちは宝飾店の顧客だから宝飾店も集まる。

または、メッカ参りのように、ある人にとっては一生に一度の機会で、そこには普段着ではなく晴れ着、着飾っていく人が多い。ハレを彩るのに宝飾は不可欠だから、宝飾店が集まる。さらに、周りの着飾ったひとたちを見て、購買意欲がぐんとあがって、せっかくだから私も、と買ってしまう、という人もいるだろう。

 

旅行中はこんなことばっかり考えている。

 

 

デリー備忘録

Hauz Khasを散策した。何か求めてたインドではなく、あまりワクワクしなかった。


Connaught Placeもイマイチだった。なんでかわからない。


Ugrasen ki baoliは結構よかった。


Khan Marketもとても良い。また来たい。オーガニックの加工品がたくさんあった。


KhanからNew Delhiへは、地下鉄を使ってみた。紙幣が入らなくてチケットが買えなかったときも、チケットが吸い込まれて改札から出られないときも、駅員は話が通じなかったけど、その辺の人が助けてくれた。


超満員電車の中、子連れの夫婦と周りが会話。抱えられた子供に話しかけるおっさんたち、しばらくすると、出口近くにいた親子の降りる駅の話になった。次のターミナル駅で降りないことがわかるとおっさんたち、すし詰めの車内に道を作り、反対サイドまで親子を移動させた。

 


インフラはまだまだだし、スタッフのスキルや対応も良くないけど、市井の人のパッションみたいなので、この国が好きになった。

 


店の人、物乞いの人、スタッフの人ではない人と、コミュニケーションを取りたいと思った。

 

Gregoryのバックパックについて

f:id:xtnfo:20181230184346j:image

 

大学に入るときに、Gregoryのバックパックを買った。

学校にいくときも、旅行にいくときも、大体いつもこれを背負っていた。

酔っ払って道玄坂の路上で寝てた日も、Butreのビーチでウミガメの産卵に立ち会ったときも、Mardinの禿山で滑落したときも、これを背負っていた。思い出は無限にある。

 

10年以上使ってるとのでGregoryのロゴも切り取ってしまったし、色褪せも半端じゃないが、まだまだ壊れる気がしない。本当にタフである。

今ここに居ない誰か

「飲みに行こう」よりも「ピクニックしない?」とか「朝ごはん食べに行こう」なんてほうがときめく。

 

屋内より開けたところだし、夜より朝のほうが好き。お酒がなくては話せないような人の誘いはそもそも気が乗らないし「飲んだこと」が思い出になることはない。

 

もしかしたら自分は、思い出を作りたいだけかもしれない。(だから、もし世の中から飲み会がなくなって、ピクニックや舞踏会が頻繁に開かれる文化だったら僕はきっと違う何かを求めるのだろう)

 

 

面白い記事を送り合うギークな友人や、自分たちはどうあるべきかを送り合うパッション系の友人、ミームを送りつける友人がいる。それについて一緒に話すわけではなく、ただ、これ好きそうだなっていうのを一方的に送りつけ合うだけ。

 

中でも面白いのは、可愛いを送り合う人。
「本日の可愛いです。ご査収ください。」なんて言って、可愛い動物の写真や動画を送り合う。

おかげで、SNSの動物画像を見る度に、これは送る基準を満たしているなとか、これはいまいちだな、とか、可愛いけどあの人の好みじゃなさそうだな、とか、あの人は好きじゃないだろうけど俺は可愛いと思う、なんてことを考える。まあ何を送っても彼女は「可愛いけど、うちの犬が一番かわいい」って思うに違いないのだけれど。

 

何かを触れたときに、誰かを浮かべるのはとても豊かな人生だと思う。

 

いま思ったけどこれ、思い浮かべる相手が故人であってもいいから一生続けられるね。

 

急な海外出張がそこそこある人が普段持ち歩いているもの

普段持ち歩いているカバンには、パスポートとイエローカードが入っている。というのも「明日の朝10時にxx(海外)に行ってほしい」という業務がこの3年で、毎年2回以上発生しているためだ。

その2つがあれば、日本のパスポートは最強なので、入国まではできる。ただし当然、入国以降のことも考えなければならないので、他にも色んな書類も一緒に持ち歩いていて、結果、お陰様でミッションを達成できなかったことがない。

 

これまではパスポートケースに入れて持ち歩いていたけど、今は、A4の書類や外貨のピン札(両替のため)をきれいなままに保ちたくて、無印良品の三つ折のファイルを使っている。

 

それで、このファイルの中には下記のものが常備されている。

 

 

また普段遣いのdocomoiPhoneは、24時間980円で使い放題パケットパック海外オプションの設定済みだったり、uber, booking.com,が入ってたりするので、使用頻度高い。

 

googleのpixel、simカード2枚させたら即決で機種変するのになあ